ガトーラスクと焼き菓子の詰め合わせ

 阿城木家には贈答品がよく届く。元々地元では名の知れた家だし、入彦の父は実業家として経済界でも顔が広い。だから、年の暮れにはお歳暮、夏にはお中元と贈答品のやりとりには事欠かなかった。それ以外の時期でも、ちょっとした挨拶やお礼にと贈り物やお土産をもらうことは多い。
 阿城木入彦の目の前にある綺麗な包み紙に包まれた箱もそんなよくある贈り物の1つだった。3軒隣の家から給湯器が壊れた際に風呂を貸したお礼にと送られたそれを、魚媛は「みんなで食べたらいいわ」と食卓に置いて出かけていった。
「え、これ全部食べていいの?」
 七生は包装紙を見ると目を輝かせた。
「貰い物なんだけどみんなで食べろってさ」
 今日は水鵠衆の第1回ミーティングが行われる予定だ。いい加減これからについて話し合ったほうがいいんじゃないかと阿城木が提案し、拝島を居座っている廃神社から阿城木家に連れてきたところだった。
「入彦への捧げ物か?」
「そんな大層なもんじゃないよ。ちょっとしたお礼だって。多分お菓子じゃないか?」
「え、2人ともこの包装紙でピンとこないわけ?」
 阿城木と拝島は揃って首を傾げた。それを見て七生は信じられないと憤慨した。
「あんなに有名なお店なのに! 上野國でとりあえず押さえておくべきスイーツといったらこれでしょ!」
 七生は丁寧に包装紙を剥がすと箱を開けた。阿城木の思った通り、中身は菓子の詰め合わせだった。
「ああ……。知ってる知ってる。これよく貰うわ」
 この辺りでは有名な菓子店の詰め合わせだった。一番人気のラスクが箱の半分ほどを占めている。手近に店があるからか、ちょっとした贈り物でもらうことも多い。けれど、阿城木はそこまでスイーツに興味はなかったので、箱を開けてようやくそういえばと思い至った。
「お菓子が贈られてくることにもっと感謝しなよね」
 不満げに七生は唇を尖らせた。
「我もラスクは供えてもらったことがあるぞ。さくさくしていて美味しいのだ」
 拝島も中身のパッケージを見ると覚えがあるのか胸を張って言った。
「去記。ここのガトーラスクは美味しいけどガトーラスクで立ち止まってるのは素人のすることなんだよ」
「はて?」
「玄人はサブレやフィナンシェに行くんだよ。美味しいという概念を閉じ込めたような焼き色。バターがたっぷり使われていて香り高く生地。サクサクとしっとりが絶妙な食感……」
 玄人ってなんだと阿城木が突っ込みかけたその時にはもう、七生の手が菓子の箱に伸びていた。
「お茶入れてくるからちょっと待てって」
「あ、僕ミルクティーね!」
「我はほうじ茶がいい」
「はいはい」
 阿城木が台所で湯を沸かしている間にも七生と拝島の手は菓子に伸びている。七生は先程語ったように焼き菓子を攻めようとしているようだった。拝島は迷いつつ、一番人気のラスクの封を開けている。
 茶を入れて戻ればすでに七生の周りには空っぽになった包装が積まれている。
「飲み物もなくよくこんな食えるな」
 七生の前にはミルクティーの入ったティーカップと砂糖を、拝島にはほうじ茶の入った湯飲みにを渡す。七生はミルクティーに砂糖を2杯入れてから口を潤した。
「甘いものはいくらでも食べられるからね」
 上機嫌な声だった。七生は鳥の形をしたサブレに手を伸ばした。頭に王冠を載せ、愛嬌がある顔をしている。その鳥の頭から七生は容赦なく齧る。
「このさっくりとした食感が最高だよね。鳩のサブレの次に好き」
「そこは2番目なのか」
 スイーツレビュアーの評価は厳しいようだ。
「入彦も食べると良いぞ。とても美味だ」
 拝島もチョコレートのクリームが載った焼き菓子を両手で持って大事そうに齧っている。ここまで喜んでもらえるなら、贈り主も本望だろう。
 阿城木も菓子の入った箱に手を伸ばした。目があった鳥の形のサブレを手に取る。
「ん……」
 鳥と七生を並べて見比べる。
「何してんの?」
「いや、なんか似てる……似てないか」
 なぜかサブレを齧る七生を見たときに「同族食いだ…」という言葉が浮かんだ。きょとんとした鳥の顔は無心でスイーツを頬張っている七生のものに似ている気もしたが、口にすれば怒られるだろう。サブレと一緒に口の中で飲み込んだ。
「美味い」
 サブレは一口だけでもバターの香りが口いっぱいに広がった。しつこすぎない上品な甘さだ。しっかりとした味わいなのに何枚でも食べられる気がする。
「でしょう?」
 七生はなぜか自慢げに胸を張った。
 いつの間にかミーティングのことは七生の頭から消えているようだった。拝島も自分が連れてこられた理由を指摘することはなかったし、阿城木もあえてそれを忘れることにした。今日はこれで良かった気がするので。