鯵の干物で土鍋ご飯

 六原三言の朝は規則正しい。日課のランニングを終えて身支度を整えてから全力食堂リストランテ浪磯の厨房に顔を出す。
「おはようございます」
「おはよう、三言」
 厨房にいる小平がにかっと眩しい笑顔を向ける。店内には魚の焼けたいい匂いがした。三言は毎日そうしているように布巾を手に取ると4人掛けのテーブルを拭く。三言と小平はいつもこのテーブルで朝食をとっていた。それから厨房に言って小平が用意した朝食を運ぶ。
「今日は鯵の干物を乗っけた土鍋ご飯だ」
 土鍋がでんと調理台の上に乗っている。まだ蒸らしている最中のようだった。小平はその横で小松菜のお浸しを小鉢に盛る。三言はお椀に味噌汁をよそって小鉢と一緒にお盆に乗せてテーブルに運んだ。箸を並べ、鍋敷を真ん中に置いたところでちょうどタイマーが音を立てた。小平が土鍋を持ってやってくると支度が整う。
「さてと……」
 小平が土鍋の蓋を開ける。真っ白な艶々とした米粒の上にこんがりと焼いた鯵の干物が並んでいる。しゃもじで鯵の身をほぐしながら混ぜ、特製の醤油タレを混ぜ込めば完成だ。茶碗にたっぷり盛ったところに生姜の千切りを載せる。
「いただきます」
 三言は手を合わせて最初に味噌汁を啜った。いつもと同じ味に安心する。今日は海苔の味噌汁だ。それからご飯に箸を伸ばす。ふっくらとしたご飯からは鯵の風味が広がる。こんがり炭火で焼いた魚の香ばしさがアクセントだ。
 ふっと三言の頬が緩む。小平はそれを見ると満足げに笑った。
「今日も飯が美味い。いい1日になりそうだ」
 三言は素直にその言葉に頷いた。小平の作る食事はいつだって美味しい。その中でも、三言自身の調子で美味しさは変わってくる。今日はちょっと調子が悪いかもなと思う時は、いつもほど食事が美味しくない。逆に、いつも以上に美味しく感じられる日は体のキレがいつもより良い気がする。小平は三言が朝食を食べる様子でなんとなくそれがわかるようだった。今日は、いつもと同じかそれ以上に美味しく感じる。
「最近は遅くまで稽古してるんだろう? 残りはおにぎりにしておいて稽古に持っていけばいい」
「ありがとうございます」
 闇夜衆との舞奏競を控えて、稽古には熱が入った。誰ともなくもう少しやろうと言って稽古が長引く日もある。三言はいつもバイトが終わってその足で舞奏社に向かうので、ちょっとした軽食があると助かった。最近三言の帰りが遅いのを見越して小平が気を利かせてくれたのだろう。
 食器を片付けてから土鍋に残ったご飯を握る。それほど大きくないおにぎりが3つできた。1人で食べるにはちょっと多いがまあいいだろう。もしかしたら遠流や比鷺だってお腹が空いているかもしれないし。
 おにぎりをタッパーに詰めて厨房の冷蔵庫の隅にしまうと、三言はよしと一つ深呼吸した。いつもと変わらない特別でない1日を始めよう。